Category: 鉄道



ガラ鉄「車両規格」

規格化が進む欧州の鉄道

規格化が進む欧州の鉄道

少し前ですが国土交通省が鉄道各社の車両担当者を呼んで、「車両の統一規格」について話をしましたが、各社から「地域事情に合わせた車両を作るので統一規格は無理」と反発を喰らい統一規格は頓挫しました(部品の共通化を図ろうと言う方向にはなったみたいです)

なぜ国土交通省がそんな事を言い出したかと言うと、夏前にEUが日本の鉄道業界の閉鎖性を指摘しており市場開放を求める声明を出したことに起因しています。

欧州は昔から国境を超えた国際列車が走っており乗入れに対しての規格が出来ていることから、統一規格の車両を作るのは簡単で、欧州を旅しているとシーメンスやアルストム社製の車両がカラーを変えてあちこちの鉄道会社で採用されており、欧州の鉄道マニアから「面白みが無い」と言われる程、共通化がはかられています。

今、日本は国を挙げて日本の鉄道を輸出しようと躍起になっていますが、国際的な競争をするのに自国が閉鎖的市場だと競争の土台に乗らなくなり国際摩擦につながります。

なので国土交通省は車両の統一規格を作れば、この基準による車両製造を国際入札により調達できるようになれば、国際競争にも有利になると思ったのでしょう。

今日もインド首相が来日の際に新幹線を売り込もうと首相自ら川重へ案内する計画が報道されていました。
官民挙げて日本を売り込むには日本の鉄道も変わらないと駄目なんですけど、相変わらず「ガラ鉄」ぶりでは世界から取り残されるのではと思ってしまいます。

北海道に鉄路は必要か?

JR北海道が単独で維持が困難な路線のうち4線区が廃止協議、9線区について今後、自治体や道などと協議し、さらに2線区が今後協議に加わる可能性があること報道されました。

この報道を見て、自分が少し前にUPした範囲に近い内容です。
北海道の生活路線として鉄路が必要なのか、自治体や道そして住民がこの機会に広範囲において議論して欲しいですね。

国鉄分割民営化の議論の中で、こういうことになる事は想定されていた筈です。その議論を先送りしていたのが経営安定化基金です。

この運用金やコスト削減によりなんとか運営できた訳ですが、行き過ぎたコスト削減によって安全軽視につながり、いろんな所で歪みが地雷として蓄積され、それが炸裂してしまい、一気に北海道の鉄路存続か否かと言う大きな問題を抱えてしまったのです。

1977年の路線図

1977年の路線図

自宅に1977年の時刻表が残っています。これを見ると北海道にはこれだけの路線がありました。国の政策(我田引水的な路線も多く存在しましたが)で敷かれた鉄路がこれです。

国鉄が消えると同時に多くに鉄路が北海道から消えました。そして今、時に北海道の半分から鉄路の存在が消えようとしてしている訳です。

もちろん当時と経済的にも流通、情報、人が時代と共に変化しています。
その点を踏まえて、鉄路がなぜ必要で将来のビジョンを明確にした議論が望まれます。

頑張れ北越急行

十日町駅

北越急行十日町駅

今日は飯山線の撮影で越後湯沢で新幹線からほくほく線に乗り換えて十日町まで行きました。
ほくほく線には北陸新幹線金沢開業前に特急「はくたか」で何回か乗車しただけで、今回が初めて北越急行の普通列車に乗車しました。

大宮の次は越後湯沢に停車する「MAXとき」に乗車し、越後湯沢で乗り換えましたが、北陸新幹線開業で「はくたか」が廃止になって越後湯沢の乗り換る人の賑わいが消えてました。前は民族大移動があったのですが・・・

越後湯沢からは2両編成のワンマンでした。新幹線から乗り換えた乗客もちらほら見られましたが、ボックス席が埋まる程度でガラガラでした。
北越急行が黒字経営できていたのは「はくたか」の通過乗客がかなりのウェイトを占めていたのですが、それが無くなった訳ですから、営業的にも厳しい筈です。
なんせ沿線も過疎化が進んでいる地域ですから通勤通学輸送の数は少ないですからね。

全線高規格鉄道で建設されていまし、160km/h運転の実績もありますから色々と策をねれば誘客できそうな気がするので頑張って欲しいところです。

ガラ鉄

欧州鉄道ガラパゴス携帯を略してガラケーと言われ市民権を得た感じがしますが、元々日本独自進化した携帯電話でグルーバル市場では受けいられなかった携帯電話を指します。

日本の携帯電話メーカーはガラケーの開発にやっきになっている間に海外のメーカがグローバル化していて気がついたら取り残されていた訳ですが、それと同じ様な事が起きそうなのが日本の鉄道な気がします。

「ガラ鉄」
そんな略称が付きそうな・・・気がします。

なんでかと言うと、先進国である欧州がグルーバル基準とみられる傾向があり、その基準からかなり外れた鉄道運営思想があるのが日本です。
そもそも日本の鉄道はイギリスの力を借りて始まった産業ですが、その歴史は浅く明治時代です。そこから島国日本の独自進化が始まった訳ですが、残念ながら独自進化は止まらずその独自進化した鉄道技術を輸出しようと国を挙げて行おうとしています。

まあ、日本の鉄道に限らず日本全体がガラパゴス化していますけれど。
どうも日本の鉄道業界自体がガラパゴス化していると気づいていない感じがします。
既に外圧もとい、黒船がやってきてます。

書き始めると長くなりますので何回のテーマに分けてこの話題を連載していきたいと思っています。

CNLはOBB Nightjetへ

CNL 寝台車12月で廃止が決まっていたDBの夜行列車CNLですが、オーストリア国鉄(OBB)が一部列車を引き継ぎ継続して運転することになりました。
元々、OBBは旧東欧地域との夜行列車を多く運転していたこともあり、夜行列車再編に合わせてCNL路線をDBから引き継いで、参入することになりました。

OBB Nightjetとして運行するのは
EN246/247 Wien(22:55/6:54)–Bregenz(8:23/21:46)
EN464/465 Graz(22:24/7:00)–Feldkirch(7:21/22:45)
EN466/467 Wien(21:28/7:55)-Zürich(8:20/21:40)
EN464/465 Graz(22:24/7:00)–Zürich(9:20/20:40)
EN471/470 Hamburg(20:36)–Berlin(23:02/6:06)–Zürich(9:05/20:00)
EN490/491 Wien(20:39/8:19)–Hamburg(8:54/20:14)
EN40490/40421 Wien(20:39/8:19)–Düsseldorf(8:41/20:54)
EN420/421 Innsbruck(20:44/9:14)– Düsseldorf(8:41/20:54)
EN40420/40491 Innsbruck(20:44/9:14)–Hamburg(8:54/20:14)
EN40233/40294 Wien(19:23/8:47)-Roma(9:22/19:04)
EN233/235 Wien(19:23/8:47)-Milano(9:10/20:40)
EN237/236 Wien(21:28/7:55)–Venezia Santa Lucia(8:24/20:57)
EN1237/1234 Wien(20:23/8:32)–Livorno(8:50/19:20)
EN295/294 München(20:10/8:19)–Roma(9:22/19:04)
EN40295/40235 München(20:10/8:19)–Milano(9:10/20:40)
EN40463/40236 München(23:36/6:10)-Venezia Santa Lucia(8:24/20:57)
となり、ドイツ~スイス・イタリアのCNLをOBBが引き継ぐ形になり列車名もCNLからEN (Euro Night)になります。
9月にベルリンからチューリッヒまで乗車したCNL471”シリウス”はハンブルグ始発のEN471に変更になります。

OBB NightJetはリクライニング座席車・クシェット・寝台車が連結されシャワーもあることになっています。
CNLからシャワー付きデラックス寝台車も転籍するそうなので、快適な移動ができそうですが、食堂車は残念ながら連結されていません。

また乗り入れ先国の鉄道会社が運行するENとして
EN 414/40465 Villach(22:43/6:25)–Feldkirch(7:21/22:45) Op by HZ(クロアチア国鉄)
EN414/40465 Zagreb(18:37/10:44)–Zürich(9:20/20:40) Op by HZ(クロアチア国鉄)
EN40406 Wien(22:50/6:55)–Berlin(9:07/19:01) Op by MAV(ハンガリー国鉄)
EN462/463 Budapest(20:40/9:24)-München(6:10/23:26) Op by MAV(ハンガリー国鉄)
EN50463/498 München(23:36/6:10)-Zagreb(8:53/21:20) Op by HZ(クロアチア国鉄)
EN60463/480 München(23:36/6:10)–Rijeka(9:20/20:50) Op by HZ(クロアチア国鉄)
EN406/407 Wien(22:50/7:12)-Warszawa(7:00/21:25) Op by PKP(ポーランド国鉄)
EN50406/402 Wien(22:50/7:12)-Krakow(7:05/22:00) Op by PKP(ポーランド国鉄)
EN60406/60444 Wien(22:50/7:12)-Košice(7:41/20:27) Op by ZSSK(スロバキア車両)
が夜行国際列車として運行されます。

こう見ると数多くの夜行列車が走っているのですが、ほとんどの列車が日本でも昔は多く見られた多層建て列車で途中駅で分割併合を行って目的地に向かう列車です。

欧州の夜行列車は年々数を減らして西欧側ではかなり姿を消した中、CNLの廃止でまた夜行列車が減ると思っていたなか、CNLの一部ではありますが、OBB Nightjetとして残ることが出来て良かったです。

次回、訪欧したらまた夜行列車に乗りたいものです。

動画をUPしました。

先月のハルツ狭軌鉄道を旅行した際の動画をYoutubeにアップしました。

ハルツ狭軌鉄道~SLが走るヴェルニゲローデ~
ヴェルニゲローデの街中を走るSLの姿を撮影した動画です。

ハルツ狭軌鉄道~山間のドライアンネホーネ周辺~
翌日、ブロッケンまで行った後、途中のドライアンネホーンで下車して撮影しました。
駅の近くに撮影出来るいい場所があるので鉄道利用でも十分、山間部の雰囲気で撮影が出来ます。

ハルツ狭軌鉄道~8931レでブロッケン駅へ~
ヴェルニゲローデからブロッケンへ向かう列車を乗車しながら撮影しました。オープンデッキなので撮影しやすいのですが、山頂に近づくにつれ寒くなって、デッキは寒くて長時間居られませんでした。

ハルツ狭軌鉄道~8930レでヴェルニゲローデへ ~
朝とは一転していい天気になったドライアンネホーンからヴェルニゲローデへ戻る列車から撮影しました。
機関車次位のデッキで撮影しながら麓まで降りていきました。

どの動画も切り貼りしただけの簡単な編集ですが、良かったら鑑賞いただければと思います。

市場開放を求めるEU

欧州の鉄道

こういう列車が日本で走ったら・・・

新聞にEUが日本の鉄道会社に対する市場開放を求めていると言う興味深い記事がありました。

今までも日本の鉄道企業による閉鎖性をEUが指摘されており、日本としても閉鎖性をしてきされた以上開放政策を示さなければ制裁もありうることから国と密接性が高く、すでに上場しているJR三社が国際調達をできる様に入札条件を公表して門戸を開いていたのですが、それでは生ぬるいと矛先が民鉄にも広がった感じです。

市場開放と言っても日本の鉄道はガラパゴス化しており、グルーバルなトランスポート企業が参入するのは難しいのが実情です。
欧州なんかどこに行っても同じようなデザインの列車が走り回っています。車両を発注しようにも狭軌用に設計をし直さなければならないので割高になりますし、信号保安システムにしても欧州は双方向の複線に対して日本は片方方向の複線と考え方が違うので設計が異なります。

なので市場開放してもビジネスチャンスが少ないのが実情だったりします。

どうせなら、JR北海道に替わる鉄道オペレーション会社を求めるとか、並行在来線や三江線みたいにJRから切り離さるローカル線を運行する会社として参入してもらった方がいいのでは?と思いました。

欧州はそういう上下分離方式の鉄道運営は長けていますからね。

2016年欧州乗り撮り記(その5)

2016年9月5日

朝6時半頃にまもなくバーゼル駅到着を知らせる到着車内放送で目が覚めました。

ブラインドを開けて外の様子をうかがうと、雨。
それも結構な振り方です。

DBバーゼル駅天気予報で事前に今日は天気が悪いことを知ってましたが、実際に「雨」となるとテンションはダダ下がりです。
これは今日の予定を変更しなければならないなぁと考えていると列車は定刻とおりにドイツ領のバーゼル駅に到着します。

数分停車した後、ライン川を渡り直ぐにスイス領のバーゼル駅に停車します。
結構な下車客を見送りココで20分近くの停車となります。バーゼルはスイスとドイツ、フランスと接する国境の街で中心はスイス領になります。
スイス国鉄(SBB)のバゼール駅は行き止まり式の駅になっていて機関車交換となります。

ココから後続のICEに乗車すればチューリッヒには30分程早く着きますが、わざわざ乗り換える必要はありません。


通路に出と丁度、担当乗務員が居てベットを片すか?と聞かれYESと言うとベットを持ち上げて壁側に収納して下の座席を出します。そして通路に仕舞っておいたテーブルを取り付けて完成です。

CNLの朝食寝台が片付いたところで朝食を持ってきてくれました。
10年前にCNLに乗車した際は、ハムとか付いてもう少し華がありましたが、コンチネンタル式な朝食です。

バーゼルを発車してチューリッヒへ向かいますが、この区間ならICで1時間も掛からない距離ですが、CNLはゆっくりしたあしどりなのか?1時間20分掛かります。
この列車はスイス内は乗車は出来ず下車のみだしそう急ぐ必要はないですからね。

途中に信号所で後続のICを退避し、バーデンに停車した後、終着のチューリッヒ中央駅に若干遅れましたがOn timeで到着しました。

ココでスイスの友人と待ち合わせなのでホームに降りると出迎えてくれました。
当初の予定では、ゴッタルドベーストンネル開通でゴッタルド峠を越える列車が無くなるので有名撮影地のワッセンに行くつもりでしたが、この天気は撮影どころではありません。

ゴッタルド峠を越えてアルプスの反対側に出ると天気は良い方向との話なので、悪天候時に考えていたプランの実行をすることにします。

そのプランとは「乗り鉄!」
ゴッタルドベーストンネルが営業開始すると列車はトンネル経由となって、オメガカーブかループトンネルなど雄大な景色が楽しめるゴッタルド峠経由の現行線は廃止・・・では無くゴッタルドベーストンネルのバックアップとして夏場は観光鉄道として、冬場は路線維持を図り存続します。
でも、通常列車で通過するのは今回が最後のチャンスなのでIR(インターレギオ・地域急行)の終点ロカルノまで往復するのが代案だったのです。

ただ乗車券は当初予定分だけしか購入していなので、駅の窓口で乗車券を購入しなければなりません。
往路は1等、復路は2等ですが、それだけで100スイスフラン必要となり、これならCNLの乗車券を購入する時にロカルノまで買っておけば、もう少し安くなったのですが・・・まあ仕方ありません。

ついでに、ユーロからスイスフランに駅で両替をします。50EURのT/Cをスイスフラン(CHF)にしたのですが、戻ってきたのは50CHFです。レシートを見るとレート計算で53.5CHFになったものの手数料で3.5CHF差し引かれて50CHF。実質EURとCHFが同じってことです。

友人も同行する予定ですが、この天気では仕方ないのでキャリーバックを引き取り一旦、自宅に戻りロカルノから戻って来た時に再度合流することにします。

乗車するロカルノ行きIR2417は10:09発なのでが接続列車待ちなのか発車は10:15になりました。
1等車にはパノラマカー車が連結さえています。天井のRまで窓になっておりスイスの景色が良く見える様に設計された車両で、ゴッタルド峠を越えるIRに連結されています。

列車は1時間程でゴッタルド峠の始まり、エレストフェルト駅に到着します。
ここからは徐々に峠を登り始め、カーブを描きながらゲシェネン駅に向かいます。

濁流昨日から谷を流れる川は茶色く濁り濁流となっているのが列車からも見えます。


列車はワッセンに入っていきます。
エレストフェルト駅の次はゲシェネン駅になっていますが、以前はこの区間にワッセン駅がありました。今では信号所扱いで列車が立ち往生した時など異常時に客扱いが出来るように駅舎などは現存しています。
この区間は、鉄道と密接に連絡したバスが鉄道の補完として1時間1本の割合でゲシェネン駅まで運行されています。

ああ、あそこに行くはずだったんだけどなぁーと、有名な撮影地を車内から眺めます
ワッセンのお立ち台
うう、5年前に撮影しているんだからと自分自身で慰めていると有名なワッセンのループ区間に入ります。

ここはループ線が3段につらなり勾配を登っていきます。
この区間の最高地点、ゲシェネン駅には定刻より10分遅れで到着しここからはトンネルでアルプスを貫きます。

トンネルを抜けてアイロロ駅に到着するとこちらは雨も止んでおり、さらに峠を下っていくと晴れ間がのぞき、ベーストンネルの南側の出口になるビアスカ駅に到着すると良い天気になっていました。

こうなると撮影欲が沸いてきて、このまま終点まで行ってただ戻るのはつまらないあなぁと・・・
列車はミラノ方面と分岐駅になるジェビアスコ駅で交換待ちなので遅れが加わり、終点ロカルノには20分遅れで到着しました。
ロカルノの街並み
ロカルノはイタリア国境に近い、マッジョーレ湖畔にある街で南部スイスの保養地になっています。なので街並みはなんとなくイタリアっぽい感じがする場所でもあります。
チューリッヒでは長袖で丁度良いほどでしたが流石に南欧らしく気温も高く、半袖でも十分な位です。

ココで食事をして戻るつもりでしたが、さっき通ったビアスカ駅で途中下車しようと、乗って来た列車が15分後にバーゼル行きになるので、すぐに駅に戻り売店でサンドイッチを買って乗って来た列車に乗り込みます。

滞在時間が短くちょっと残念ですが、また来る機会があるでしょう。多分・・・

SBB IRビアスカ駅まで戻り、ココで次のチューリッヒ行きIRまで1時間程駅で撮影します。
写真はロカルノ行きのIRでパノラマ1等車が連結されています。

昼下がりの午後とあって貨物列車は思っていたほど来なく、それも単機牽引だったのが残念です。
でもトンネル工事用列車を見ることが出来たのは良かったかな


1時間後のチューリッヒ行きIR2430列車に乗車して再びチューリッヒを目指します。

再びアルプスを抜けゲシェネン駅に到着すると朝ほどではありませんが雨がパラついています。トンネルを抜けると天気が違うのは良くありますが・・・

ゲシェネン駅を出て下り勾配になります。ワッセンのループを最上段から下段を眺めるとこんな感じです。
ワッセンのループ線こんなスケールの大きい峠越えは日本にはありません。
さすがヨーロッパと言ったところでしょう。

そして新線開通でも廃止にせず有事に対応すべく維持するなんてやっぱり違います。

ループ線をいくつか越え麓のエレストフェルト駅に到着した後、睡魔が襲い気が付くとチューリッヒ湖が見えてました。
チューリッヒ中央駅には定刻17:51に到着しました。チューリッヒに着くと晴れ間ものぞきいい天気になっています。

チューリッヒ中央駅から友人の待つクローテン駅までSバーンで移動になるので地下ホームへ移動し18:16発のS7に乗車します。ダブルデッカーの4両ユニットが3組の12両編成です。まあそのうち3両は機関車ですけどね・・・
夕方のラッシュ時ですが、座席も全部埋まるか埋まらないほどで日本のような混雑になりませんから余裕です。うーん羨ましい。

イタリアンレストランで夕食クローテン駅で友人と落ち合い、近くのイタリアンレストランで夕食をとることになりました。

友人曰くクローテンの街では一番のイタリアンレストランだと事で、場所柄、空港関係利用者も多く徐々に人が入ってきて満席になるほどです。

ビールで乾杯しピザをつつきながら趣味の話で盛り上がります。
旅の話、飛行機の話、鉄道の話などなど
同じ趣味人同士なので、英語での会話ですがなんとか通じるところがいいです。


この日は友人宅にお邪魔して1泊となります。
HOゲージ友人はHOゲージにはまっていて、リビングの半分をHOゲージのレイアウトで埋め尽くされています。

欧州の趣味人はやることが違います。
日本では小さいNゲージが主流ですが、海外ではHOゲージがメジャーですが彼が使っているのはメルクリン社の交流三線式なのでちょっと面白い駆動方式になっています。
なので、今回プレゼントとして日本からKATO製EF58のHOゲージ車両をプレゼントしたのですが、残念ながら走らすことは出来ません。でもディスプレイとしても欧州の車両に交じって日本の機関車が居るのはなかなか面白いです(笑)

HOゲージの走行会を楽しみながらチューリッヒの夜が更けていきます。


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2016年欧州乗り撮り記(その4)

2016年9月4日

朝起きてカーテンを開けると出庫準備をしているSLが目の前に停車しています。
うーんなんとも鉄道好きにはたまらないシチュエーションです。ただ、天気は昨日と違ってどんより雲なのが残念。

ホテルの朝食朝食付きなので着替えてレストランへ。
レストランからも機関区の様子の見れ丁度ディーゼル機関車が入換をしているのが見えます。朝の列車に使う客車を迎えに西門駅へ向かうようです。

良くあるブッフェ形式で、サラダに卵料理とハム、パン、シリアルと言った顔ぶれです。
昨晩はテラス席で食事しましたので店内をよく見ることが出来ませんでしたが、レストラン内にはOゲージのレールが曳かれており、昼夜の食事タイムにドリンク類を頼むとこのOケージの貨車で運んでくれるのです。

今回は試すことが出来ませんでしたが、もし次回来るときは室内で食事をしたいものです。

ベルニゲーロデ駅8:55発のブロッケン行き8931列車に乗車するので8時過ぎにホテルをチェックアウトして駅に向かいます。昨日の好天に比べ今日は気温も低く長袖一枚では少し寒いかなーと感じますが現地の人には半袖の人も居ます。
基礎体温が違うからなぁ~

DB駅で着替えなどが入ったバックをコインロッカーに入れて預けます。ベルリンでは1日4EURでしたがココは2EURと値段が違うのはローカル駅だからでしょうか?

ハーツ狭軌鉄道の駅窓口はまだ閉まっており、入口に8:30からオープンと書かれていたので先に機関区のお立ち台に上がってSL見物です。
2016_09_04_0002出発準備をする機関車を見ていると、西門駅からディーゼル機関車が客車を回送してきました。そろそろ窓口も開いた筈と駅の出札口でブロッケンまでの往復乗車券(39EUR)を購入します。


HSB乗車券面白いのが発券機から出てきたのは硬券なのですが、リボン印字方式になっていて事前に印刷するのでは無くその都度印字する方式になっています。

わざわざ硬券にしているのがニクイですねー。

8:55発の8931レはブロッケン行きの始発列車で客車7両連結なのですが、天気が悪いからか乗客はまばらで1両あたり数人です。


列車は定刻にベルニゲーロデ駅を発車して西門駅へ。
ココからも観光客が少し乗車しましたが、多分いつもより少ないのでしょう。ガラガラのまま発車しここからは上り勾配になり徐々にブロッケンに向けて上り始めていきます。

ベルニゲーロデの街外れになるHasserode駅を出ると林の中に入り森林鉄道の雰囲気になってきました。
スイスなどの山岳鉄道ではアプト(ラックレール)式で勾配を上がる所も多いですが、ハーツ狭軌鉄道は通常の車輪による粘着運転となっており右へ左へ山々の稜線を巧みの登っていきます。

空いていることもあってデッキに出てはカーブに入った時に機関車を撮影したり連結器の動きを見たりしながらSL列車の旅を満喫します。
これで天気が良ければ最高なのですが・・・

列車はベルニゲーロデから40分程でドライアンネホーネ駅到着します。ココは標高540mで既に300m程の勾配を登って来ました。
ココから終点のブロッケンまでは高低差が580m程あり勾配もきつくなるので、SLは給水を行う為10分程の停車時間があります。
ドライアンネホーネ駅で給水
乗客もホームに降りて一休みです。

霧雨が降り流石に長袖でも肌寒く感じます。丁度ホームに売店があったのでコーヒー(2EUR)を買って体を温めます。

ドライアンネホーネ駅を発車すると再び勾配を登って行きます。勾配もきつくなりSLのブラスト音も甲高くなってきます。
10分程でシュノーケ(Schierke)駅に停車します。
終点のブロッケンにはレーダー施設があったことから旧東ドイツ時代はここから先は一般人が立ち入りが制限されていましたが、今では開放されて絶好のハイキングコースとなっています。

霧で視界がまったく悪い勾配を上がっていくど徐々に霧が出てきて視界が悪くなります。気温もかなり下がってきてデッキに出るのが辛くなってきました。

シュノーケから30分列車はようやく終点のブロッケンに到着しますが、周りは霧でまったく見えないのです。
駅の向こうにはレーダー施設があるのですがまったく見えません。


元々ブロッケン山頂は霧が出やすい場所で山頂は年間300日は霧に覆われると言われており、有名な「ブロッケン現象」の由来になった場所でもあります。
ブロッケン山頂
それに駅のある温度計を見てびっくり、なんと気温が8℃なんですね。うーさむい。
ココで1本段落ちして次の列車にのってドライアンネホーネ駅に戻る予定でしたが、これでは撮影どころではないので来た列車で戻ることにします。
折り返し8940列車は10:51発なので15分程の滞在となりした。

下り列車の乗客でも直ぐに折り返す乗客もちらほらいますが、元々下りの乗客は少なかったのでガラガラでブロッケンを発車、坂を下って行きます。
ハイキングコースと交差しますが、こんな悪天候でもハイキングする人はホント気合が入ってますね~

列車は途中で一旦停止し、信号所に入ります。シュノーケとブロッケンの間にスイッチバックで列車交換が出来る場所が1か所あります。
山を登る下り列車が優先なので上り列車は10分程待つことになります。

下り2番列車を退避した後、列車はバックして本線に戻り再び山を下りていきます。
ブロッケンから50分程で列車はドライアンネホーネ駅に到着しました。流石にココまで戻ると曇っているもの霧は無く、気温も上がり長袖1枚でも大丈夫な位の気温です。

ドライアンネホーネ駅で機回しするSLブロッケンから乗車した列車はドライアンネホーネ駅止まりで折り返しブロッケン行きになります。

ここで時間まで列車撮影をすることになります。
駅を出て撮影ポイントに向かう途中、SLが機回しをしているのでその様子を撮影します。
完ぺきに鉄道敷地内ですが、列車から十分離れている場所にいる分には欧州ではまずとがめられる事はありません。
自己責任をしっかり理解しているお国柄だからでしょう。

この後、駅近くの踏切からやって来るSLを撮影します。
(その様子はこちらで)

お昼は駅に併設されているレストランで「ソリヤンカ」と「カリーヴルスト」で昼食にしました。
ソリヤンカとカリーヴルスト「ソリヤンカ」は旧東ドイツ地域で親しまれていたトマトを使ったスープです。ロシアのボルシチの派生らしいですが、これは美味しいスープです。

そしてカリーヴルストはベルリンで人気のソーセージ料理。ソーセージにカレー粉をまぶしただけの簡単?な料理です。単純だけにソーセージが美味しければ美味しい訳で・・・

昼食を食べお終わると外は一気に回復して青空が見えるほどになりました。
ドライアンネホーネ駅14:23発の8930列車で山を下りないとならないのでそれまで列車撮影をしてから8930列車に乗車します。

この列車は結構混雑しており、機関車次位の客車のデッキに立ってSLを見ながら山を下ります。
山を下る8930レ石炭のいい香りをなびかせながら山を下ること40分で終点ベルニゲーロデ駅に到着です。

ドライアンネホーネでは晴れていい天気になったのですが、麓に戻ってきたら雨が降り出す始末。
うーんあの晴れ間は神様のプレゼントだったのでしょうかね。

この後は15:42発のHEXに乗車しマクデブルク経由でベルリンへ戻ります。
コインロッカーに預けた荷物をピックアップして1番線で列車を待つと5分遅れの表示が出ました。マクデブルクでは15分しか乗継時間が無いのであまり遅れると困るなぁと思いながら待っていると2両編成の気動車が到着しました。

帰りの切符は1等車のチケットを購入していたので1等客室を使えます。
2両編成でも16席分が1等区画になっているのですが、誰も居ませんでしたね。

雨の中列車は気動車とは思えない快調な走りで田園地帯を走り、途中で進行方向が変わり終点のマグデブルグには5分延のまま5番線に到着となりました。
乗り継ぐCottbus行きのIC2431列車は8番線からの発車です。

軍用列車8番線ホームで列車を待っていると7番線に貨物列車がやってきました。その積荷を見てびっくり!
なんと軍用列車でした。

無蓋貨車の上の軍用トレーラーや装甲車、指揮車が乗せられて運ばれていきます。
時代が時代ならこんな列車を撮影したら一発でKGBに連行されていたでしょうね。


IC2431列車はほぼ定時に到着しました。DBが昨年から投入した地域間用IC列車IC2と呼ばれるダブルでッカーの新しい車両でSBBのICと同じような車両です。

1等チケットを持っていると座席指定が受けられるので指定を取っていましたがこのIC列車はシートマップで席を選択できないので自動割り当てされた席に座りますが、これがまた進行方向と反対側の席でした。

車内はガラガラで進行方向向きの座席に移動します。
マクデブルグからベルリンまでは約1時間半です。車内販売があれば何か軽いものでもと思ったのですが、残念ながら車内販売は無くちょっとひもじい思いをしつつベルリンへ向かいます。

途中、線路工事があり単線区間があった為5分遅れでベルリン東駅に到着しました。

ベルリンの壁中央駅でなく東駅まで乗車したのは、東駅から歩いて数分のベルリン・ウォールイーストサイドギャラリーに立ち寄る為です。
駅を出て川沿いの道を東に数分で歩くと壁が現れます。

折角、ベルリンに来たならベルリンの壁は見たいですからね。
とは言っても現存するベルリンの壁は少なく、ココが現存する壁で一番長い場所ですがギャラリーとなって若手アーティストが壁をキャンパス替わりに描いたギャラリーになっています。

でも東西を分けた雰囲気が残っています。
ココが東と西を隔てた壁なんだと思うとイデオロギーの対立と言うのがどんなに無意味だったのか考えさせられます。

このギャラリーで有名な旧ソ連のブレジネフ書記長と旧東独のホーネッカー書記長のキス画を見ることが出来ました。

オーバーバウム橋さらに壁沿いに歩いていくと、「オーバーバウム橋」にぶつかります。ロシア風の橋でさらには地下鉄Uバーンが走る橋としても有名です。

この橋を走るUバーンを撮影していると雨がぽつぽつ降ってきました。
ここからWarschauer Straße駅までは直ぐなので早歩きで移動します。


この次はブランデンブルク門へ向かうのでSバーンに乗車しFriedrichstraße駅で降りてUバーンに乗り換えてブランデンブルク門駅へ
ブランデンブルク門ブランデンブルク門に着いた頃には雨も上がり、日暮れの中ライトアップされて絢爛な感じがします。
この門も東西冷戦に巻き込まれて一時はベルリンの壁でおおわれる時代もありました。
さて19時半も過ぎたしベルリン中央駅に戻りましょう。

ブランデンブルク門駅から中央駅までは真新しいUバーンに乗ります。この区間だけを走る地下鉄で2両編成の列車が行き来きするだけの地下鉄で5分程で終点の中央駅に到着しました。

ベルリン中央駅で夕食夕食は中央駅で食べようかと思っていましたが、駅構内のフードコートみたいなところも見たりしましたが、どうもコレと言うお店がありません。

結局、地下2階コンコースにあった、チップアンドフライのお店がありエビフライが美味しそうに見えたので、もうココでいいかとフィッシュバーガーとエビフライ&コーヒーで夕食にしました。

店内で食べた後はコインロッカーに預けた荷物を取り出そうと、昨日預けた場所に向かい超過料金の4EURを払おうと2EURを入れると戻ってきてしまいました。
あれーおかしいなぁとコインを変えたりして試してもリジェクトされてしまいます。

これじゃ荷物取り出せない!とこれには焦りました。これから乗る夜行列車までまだ1時間以上あるとは言えさてどうしたものかと、コインロッカーの使い方を書いた張り紙を見ると、お困りの時はDBインフォメーション係員か電話をと書いてあるのを見つけ、急いでDBインフォメーションへ。

インフォメーションは丁度閉まる寸前だったのですが、ロッカーが開かないので助けてくれとお願いするとどこかに電話をして「係員が来るからロッカー前で待て」と言われ再びロッカーに戻り5分程したら赤帽を被った係員が来て、ロッカーのカギと場所を確認しい、入っているのは何かと質問があった後、マスターキーで空けてくれました。
どうやら、お金を判別するセンサーがハングアップしていたようです。
いやー、こういうトラブルもあるもんだと、冷や汗をかきましたね。

荷物も無事ピックアップした後は、DBラウンジへ。
今晩、乗車する夜行列車はシャワーとトイレが付いたデラックス寝台を利用するので1等乗車券になります。
ちなみに事前購入割引で買っておいたので乗車券込で2万5千円程でした。

DBラウンジ1等乗車券を持っていると主要駅にあるDBラウンジを利用できるので時間までゆっくりさせてもらおうと受付で乗車券を見せて入場し、1等利用者エリアのソファーに座ると係員が来てくれてドリンクのオーダーを聞きに来ます。

ドリンクとあわせてサンドイッチも要るかと聞かれ、さっき食べたばかりですがもちろん貰います。


これから乗車するチューリッヒ行きCNL(シティナイトライン)471”Sirius”は中央駅の北側Berlin Gesundbrunnen駅始発で中央駅には地下ホーム4番線に21:38に到着し21:50発車となります。
21時半前にラウンジを出て地下ホームに向かうと列車接近のアナウンスがありDB101型電気機関車に牽引されたCNLが到着しました。
CNL
ベルリンからチューリッヒまで14時間半かけて走るCNLですが、この12月に廃止が決まっています。

元々CNLはスイス国鉄・ドイツ国鉄の合弁企業として誕生した夜行列車専門のオペレーターで、新しい夜行列車の姿として人気を博した時期もありましたが、LCCの台頭で利用者が減りスイスは運営から撤退しDBの子会社となって運転していましたが、さすがにDBも継続は困難として廃止されることになりました。

2016_09_04_0299日本の夜行列車も絶滅寸前ですが、欧州でも夜行列車の未来は宜しく無いようです。
さて、今晩の宿は272号車の52番寝台です。(それにしても272号車と言う号車の番号の振り方はどういう考え方なんでしょうね)

3段式寝台しても使える車内に、コンパクトなトイレとシャワーの円形小部屋が付いた部屋になります。今日は1人なので下段の寝台だけがセットされており、ウェルカムドリンクとして赤ワインとミネラルウォーターが用意されています。


列車は定刻にベルリン中央駅を発車します。
荷物を整理したりしていると良い時間になってきたのでシャワーを浴びようと準備をして入りますが列車ですから揺れます。
カーブを曲がると遠心力が働く訳でその時に丁度、頭を洗って流してした時だったのですが、排水口の位置と反対の方向に遠心力が掛かり、あふれ出てトイレの方までびしょびしょになってしまいました。

うーむシャワーを浴びる時は駅に停車中がいいのかも。

さて、早く寝ましょう


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北海道の未来交通は?

北海道の輸送人員を考えると鉄路の維持は?

北海道の輸送人員を考えると鉄路の維持は?

JR北海道が非効率路線の切り捨てを明言し、夕張町が石勝線の夕張支線について廃止を自治体として「推薦」するなど、北海道の「交通」を巡るニュースが駆け巡りました。

面白いのは、鉄道系のブロガー記事は鉄路の切り捨てに反対する意見が大半で一方、道路系のブロガー記事はこれを契機に道路を再整備すべき的が意見を多く拝見しました。

ネットを巡回してみると残念ながら廃止反対だけでは「鉄」は見聞が狭いなぁ~と言う印象を受けましたね。

個人的に北海道の交通機関として鉄道の役割が残念ながら札幌周辺以外は終わっていると思っています。
今の北海道の状況を鑑みると、札幌を基点とし北は旭川、東は帯広、西は小樽、南は室蘭(室蘭~青函トンネルは貨物のみ)が鉄道が交通機関として機能できる範囲だと思います。

その以外の区間を維持するのは一企業では無理があり、自治体や道、国の支援が必要です。
とは言え財政難のなか鉄道維持に回せるお金は限られる訳で、残念ながら取捨選択を迫られることになります。

そうなると費用や効果、住民の足を考えると道路を整備してバス転換した方が得策だと思う訳で夕張町の判断は間違えでは無いと思います。
道路を整備して、あわせて交通法規を見直しを計り自動車道専用道や非住居区間国道の最高速度引き上げを行うなど北海道交通特区として交通網を再構築するのが将来に向けて良いのではないでしょうか?

そして廃止となる区間の鉄路は管理を防衛庁に移して、鉄道連隊を設立し本土防衛に礎にするというのは飛躍しすぎかな。
敷設した鉄路を引っ剥がすのは簡単ですが、造るのは大変ですから、折角の鉄路は活用したいものです。

伊丹空港近くで腕木信号機を発見

先月、阪急曽根駅で自転車を借りて伊丹空港へ行く途中、弁当購入の為すこし回り道をした際に腕木信号機を見つけました。

さらには敷地内には踏切装置や中継信号機などもあり、信号機器製造の工場の様で、看板もズバリ「(株)てつでん」です。
(株)てつでんこんなところに鉄道機器メーカーがあるんだと感心して腕木信号機を撮影してみました。
これで点灯すれば、伊丹の進入ライトとして使えるのでは?とバカな事を考えながら空港へ向かいました。
空港に向かう途中にこういう発見があるもの楽しいです。

帰ってから調べてみると結構、歴史の長い会社で本社が豊中市で全国に営業拠点を持っていました。多分、関西の鉄道会社への納入率は高そうな感じです。

ホームページには製品カタログもあって、よく目にする機器などが並んでいてなかなか面白いです。
1コ注文してみたいけど値段は高いんでしょね。(笑)

「のぞみ」にも種類がある

のぞみ99号先日、東海道新幹線で新大阪から帰って来た時に気付いたのですが、「のぞみ」には何種類のダイヤがあるんですね。

例えば下りの場合、
最速は「のぞみ1号」、「のぞみ265号」で東京新大阪間は2時間22分、続いて2時間27分の「のぞみ3号」で後は所要時間が2時間30分と2時間33分、2時間36分のパターンに分かれる感じです。(秒単位の関係で微妙にパターンずれもありますが)

始発の「のぞみ1号」と最終の「のぞみ265号」は先行列車がほとんど居ないから最速で走れるということです。
それ以外の時間帯は「ひかり」や「こだま」がダイヤ上の制限になってしまい2時間30分台になってしまうのです。
一般の人はあまり気にしないで乗るかも知れませんが、どうせ乗るなら早い方がいいか?それとも長く乗れる方がいいか?ちょっと考えてしまいます。(笑)

そんな東海道新幹線は日本の大動脈でもありますから運転頻度も高い訳ですが、線形は残念ながら良いとは言えません。
カーブも多く今回乗車したのは車端部の1Eの座席でしたがかなり揺れて空き缶がテーブルから落ちましたからね。

まあ開業当初は最高時速210km/hでしたし運転本数も今より少なかった訳で今とは条件がまったく異なります。
JR東海が独自でリニアを建設するのは、東海道新幹線がそう長くは持たない(大規模修繕では済まないような)という危機感があるからでしょう。

鉄道マニアにはJR東海の営業姿勢を批判する人も多いですが、「高速鉄道」を維持するのは並大抵ではありません。
新幹線維持とローカル線維持を同じ土俵で議論するのはナンセンスかも知れませんが将来を見越した鉄道網の再構築を考えないとダメなのかなと揺れる新幹線の中で思いました。

近代化産業遺産の電車

高松琴平電気鉄道(通称:ことでん)には、大正末期から昭和初期に製造された旧型電車が今も稼働状態を保って、イベントなどで使用されています。
今回、マニア仲間でこの電車を貸切り運行をすることになり、四国まで行ってきた訳です。
2016_06_25_0171去年は三鉄、一昨年は阪堺で貸切を行ってきて、今年は「ことでん」か「ばたでん」かで意見が分かれましたが今年はことでん、来年はばたでんと言うことになりました。

今回の貸切りは高松築港~琴平間の片道をレトロ車両で貸切り乗車するもので、高松築港駅を13:06に発車し、途中の仏生山駅で1時間停車をして、その間、ことでんの仏生山工場を見学して琴平に向かう行程で行いました。
2016_06_25_0130
天気が今一つと残念ではありましたが、ことでんのレトロ車両は吊り掛けモーターも音を響かせながら讃岐の地を疾走しました。
行き交う電車も京浜急行や京王電鉄からの移籍車両なので、東京人にとっては懐かしくも思えます。

もう90歳になるかと言う車これらの車両は現役最古と言われていて、その車両を現役で走らせるのはかなりの手間暇が掛かる訳ですが、コストだけで物事を計ろうとする現代において、稀有な取り組みではないでしょうかね。その甲斐?もあって、ことでんのレトロ車は経産省から「近代化産業遺産」として認定されています。
2016_06_25_0175
ことでんは独自のICカード乗車券「IruCa」を導入してIT化も図っているのも地方鉄道としては生き残りをかけた施策を行っているのも凄いです。

都市部駅ではICカード専用の改札機があり、ウォッチしていると列車から降車した利用客の半数以上がICカードを使っていました。まあ割引などもあるので地元の人にはメリットが大きいでしょうから当然でしょう。

貸し切り電車は途中、滝宮駅で交換待ちで7分停車しますが、この滝宮駅も「近代化産業遺産」に認定されている駅舎になります。
滝宮駅いやー渋い!
映画やドラマの「昭和」に出てきそうな駅です。
さりげなくレトロ車両も入れて撮影してみました。うーん昭和だ。

レトロ車両は琴平に到着してここで貸切り運転は終了となり一旦、夜の打ち上げまで解散となりました。
そこで何名のメンバーとで返却回送をどこかで撮影しようという事で、岡田駅で下車したのですが、意外と早くやってきてしまい上手く撮影できなかったのが残念です。
2016_06_25_0200
高松に戻り、夜の打ち上げとなった訳ですが、サンライズでの疲れもあって一気に酔いが回ってしまいました(笑)

今回の貸切り運行ではホント、ことでんさんにはお世話になりました。
御礼申し上げます。

鉄とミリタリーは要らない?

今日、会社帰りに本屋に立ち寄って雑誌コーナーを徘徊している時に異変に気付きました。

いつもなら鉄道・航空・ミリタリー・アニメ雑誌が並ぶコーナーは結構立ち読み者が多いゾーンで時には立ち読み者が二重になっていたりすることもある人気?ゾーンです。

が、今日は人が居ません。こりゃガラガラでいいなと思ったら先月までは何事もなかったこのコーナーですが、鉄道とミリタリー関係の書籍雑誌にはすべて紐閉じがされていて立ち読みが出来ない状況になっていました。
これじゃ立ち読み者がいない訳です。

ミリタリーには興味が無いので構わないのですが、鉄道系は暇つぶしにもってこいの品ぞろえだったのですが・・・

アニメ系には紐閉じが無いので、鉄とミリタリーに対しての店舗側の対策と言うことになります。
よっぽど立ち読みマナーが悪かったんでしょうね。鉄とミリタリーが・・・

高規格道路整備でバス転換か

北海道の鉄路を残すには

北海道の鉄路を残すには

JR北海道の安全軽視問題から発展したJR北海道不要論がこの頃台頭してきているようです。
現在の北海道は人口減と札幌一極集中により多くの路線が赤字路線です。

鉄路を残すにはJR北海道単独では維持できないのが現実で、今の路線網を残すには道や自治体がお金を出して維持するしか方法が無いのではと言う論調がある中、そんな余裕がない道や自治体が予防線を張って高規格道路を整備してバスに転換した方が良いという意見を出しているような気がします。
もし鉄路をのこすなら国がお金を出せと暗に言っているのでは?とも思えます。

確かに今の北海道の人口から考えると道や自治体に経済的な余裕はありません。確かに鉄路の必要性は判らなくは無いが出せないものは出せないというのが本音でしょう。

北海道の高規格道路もかなり整備が進んでおり、根室本線の代替とかりうる高規格道路は釧路まで完成。石北本線と平行する旭川紋別道も遠軽近くまで既に完成供用しています。これらを末端まで開通させることで鉄道の代替、バス輸送した方がコストが掛からないというのです。

確かにその通りだと思います。
今の枠組みでは仕方ない判断でしょう。

でも本当にそれで良いのでしょうか?
北海道は経済的だけでなく、沖縄同様に安全保障や国防上、重要な役割を担っています。
確かに高規格道路があれば、通常生活を営む上で問題は無いでしょう。でも有事の時にそれだけで大丈夫でしょうか?

話は飛びますが、スイスではアルプスを越えるゴッタルド峠に新しいトンネルを掘って峠越えの路線が不要になります。しかしスイスはトンネル新線が開通しても峠越えの旧線は残し維持管理を行い「有事」に対処できる体制をとるそうです。

無論、不要な路線維持コストを嫌っての不要論もありますが、それ以上に危機管理意識が高いスイスはそう言うコストだけでは測れない物差しを持っている人が多く、旧線不要論より維持を是とする意見が多いと聞きます。

日本もそろそろ有事を念頭に入れた議論や政策を考えていかないとダメような気がします。