Category: 懐かしシリーズ



懐かしシリーズ”ハイブリッドのL1011”

CX/CPA/キャセイパシフィック L1011 VR-HOK

CX/CPA/キャセイパシフィック L1011 VR-HOK

香港返還前はキャセイパシフィックは中国本土へのフライトは子会社のドラゴン航空が受け持っていて、北京など需要が多い路線にはキャセイからウェットリースしたL1011トライスターで運航する時期がありました。

撮影したのは香港返還直前の頃です。
多分、リースバックされたものの引退が近いのでキャセイのフルカラーに戻さずタイトルだけ戻したと言ったところでしょうかね。

懐かしシリーズ”ANAのB777”

NH/ANA/全日空 NH996 B777-200 JA8179

ANAのトリプルセブンなんて懐かしく無いよと思われるかも知れませんが、ANAがB777を導入したのは1995年10月で今から20年も前になります。
導入を記念して尾翼のANAロゴが「777」になって登場して語呂合わせの良さといい、ANAカラーとのデザインが融合してなかなかかっこ良かったです。

まあ、当時はマリンジャンボに始まる特別デザインが流行っていた時期でもありましたね。

そんなB777-200の一番機、JA8197ですが2016年に退役していて、今活躍しているB777は航続距離が長いERシリーズで、初期型のB777は退役が進んでいます。
人気機種ではありますが、中古機市場では初期型B777にはだぶつきあるようで、アメリカの砂漠で買い手を待つB777が沢山?いるとか聞きます。
新しいオペレーターが決まれば良いのですが・・・

懐かしシリーズ”JALのMD11”

JALのMD11 JA8588 オジロワシ

JALのMD11 JA8588 オジロワシ

MD11には47回搭乗しているのですが、ほとんどがSR/LXでDLが少しある中、JALのMD11には1回だけ、NRT-DELで搭乗しました。
その時、座席が主翼の上で丁度、ウィングレットに書かれたからオジロワシが見えました。

ちなみに搭乗したのは2001年10月27日で、9.11同時多発テロの直後です。アルカイダの犯行ということで中東情勢がきな臭くなった頃で、この日NRT発DEL行JAL471便に搭乗したのは50人を切っており、閑古鳥フライトでした。

なんでそんな時期にDELまで飛んだかと言うと、DELからSR195に乗り継ぎZRHまで飛ぶ為でした。
この1ヶ月前、SRは破産して運航停止となり政府などの援助で運航を再開したものの資金は1ヶ月分しか無く、2001年10月末で運航停止になるカモと言われてました。

SRでCAをする友人がもしかすると最後のSRでの勤務になるかも知れないと言うことでその便に乗り合わせようと、わざわざ格安航空券を手配(復路放棄で)しての搭乗でした。
ガラガラな機内から見たエベレストはとても綺麗だったのを覚えています。

DELに到着後、DEL/ZRHの航空券を空港内のSRオフィスで発券してもらったのですがクレジットカードの決済がインドオフィスでは凍結されていて現金で購入しました。
事前に日本オフィスでその情報をもらっていたので、現地で両替したのですがインドルピーを大量に持つことになったので襲われないかビクビクしながら移動したものです。

懐かしシリーズ”AAのMD11”

AA/AAL/アメリカン航空 MD11 N1766A

AA/AAL/アメリカン航空 MD11 N1766A

今では三発機に乗る機会は無くなりましたが、1990年代には全盛期でした。

長距離洋上飛行が続く太平洋線には4発機のB747かMD11(DC10も僅かに残ってましたが)が主流で、B747を保有していなかったアメリカンやデルタは成田へMD11が主流でした。

まだオープンスカイが発効する前で路線開設が自由にできなかった時代ですのでアメリカンも日1便から乗り入れが始まり、サンノゼ、ダラス線だけだった時期が長ったと記憶してます。

今ではアメリカンのB777やB787を成田や羽田で多く見かけるようになりましたが、この当時はまだ、レアに部類でした。

懐かしシリーズ”オリンピックと言えばIOC”

2020年の東京オリンピックが近づいていますが、オリンピックと言えば「国際オリンピック委員会」ことIOCですが、本部はスイスのローザンヌです。
そのお膝元で運航するスイス航空のA321にレジがIOCと言う機体があり、この機体にオリンピックロゴを付けていた時期がありました。

HB-IOC

SR/SWR A321 HB-IOC

HB-IOCはスイス航空からスイスインターナショナルエアラインズに引き継がれ今でもチューリッヒから欧州各地へ飛んでいます。
流石にオリンピックロゴはありませんが・・・

懐かしシリーズ”ソビエト製の名機?IL62”

アエロフロートロシア航空のIL62

アエロフロートロシア航空のIL62

ソビエト製飛行機が姿が消しており、ロシアに行ってもソビエト製の飛行機を見るのは難しくなっています。
1990年代までは成田にも定期便でIL62が飛んで来ていました。IL62が離陸する時は黒煙を吐きながら3000M滑走路を目一杯使って離陸する姿が印象的でしたね。

そんなIL62を大切?に使っているのが今注目の北朝鮮で、金ファミリーが使うIL62は綺麗に磨きだされているとか。
ただIL62の交換部品を入手するのはかなり困難だろうと言われており、米朝首脳会談が開かれるシンガポールまで飛べるのか?と言うを、口が悪い大臣が言ってましたが・・・

個人的にはIL62はソビエト製の旅客機でも名機だと思うんですよね。
だってモスクワから成田まで直行出来る性能を持っているんですよ。当時ソビエト製旅客機で長距離を飛べるのはIL62だけでしたから旧東側諸国や同盟国の政府専用機としてIL62は重宝さえていましたから・・・

懐かしシリーズ”JAのDC-10”

農協航空?

JA8535

JAA/EG/日本アジア航空 JA8535 DC10-40


JAA,
日本アジア航空って言うのがありましたが、もう遥か昔の話の様な気になります。

日本航空の台湾線運航子会社として設立した訳ですが、専用機材に加えJALとの共用機材があり、機体のカラーリングはJALグループですが、JALでもJAAでも使えるようにJAしか書かれていませんでした。

なので農協航空って揶揄されたり(笑)
懐かしいなぁ

懐かしシリーズ”コンチのB747-200”

CO/コンチネンタル航空 B747-100 N78020

CO/コンチネンタル航空 B747-200 N78020

いやー懐かしい。
もちろんコンチネンタルのB747-200もですが、ココ撮影した場所が・・・

今でこそさくらの山公園としてキレイに整備されていますが、この当時は空港公団に買収された土地で空き地になっていました。
公園のベンチなど多くの見物客で賑わっている場所も写真にも写っている有刺鉄線の柵で囲まれていました。

機動隊パトロールの立ち寄り場所にもなっていて、良く職質されたものです。
この空き地は大抵は柵が空いて中に入って撮影していてもあまりとやかく言われない事が多いのですが、時折職務に誠実な機動隊員だと公団の土地だから退去するように言われたりします。

中にはこういう機動隊員に「公団に(入ってはいけないと)確認したのか」と詰め寄るスポッターも居ました。
公団側もこの場所は公団の土地ではあるが当時は「無用な争い」は避ける傾向にあり、警備上の妨げにならない限り黙認してた節があり、機動隊員が公団側に問い合わせても一向に返事をせず、機動隊側が交代時間だからと言ってしまったこともありました。

その後、公園造設の為立ち入りが出来なくなったのは残念でしたが、今では綺麗な公園になったのは嬉しいことです。
でも最近は植樹された木々がかなり成長してちょっと撮影しずらくなりましたが・・・

そろそろ成田も桜が開花するのも間近になりました。綺麗な桜が今年も咲き誇るのが楽しみです。

懐かしシリーズ”短命だったSQのA340”

SQ/SIA/シンガポール航空 A340-300 9V-SJJ

SQ/SIA/シンガポール航空 A340-300 9V-SJJ

シンガポール航空がA340を保有していたのは1990年代の終わりから2000年代の始めにかけての5年ほどだったと記憶しています。
写真はニュージーランドのクリストチャーチ空港で1997年12月8日に撮影したものです。

SQは長距離線にB747-400を飛ばしていましたが、流石に需要の少ない路線に大きすぎると言うことで中型のA340を投入しましたが、当初の想定していたパフォーマンスが得られず、まだ売れるうちに売っちゃえ!とばかりにあっと言う間にリプレイスされてしまいました。
まあ時代的に洋上飛行が双発機に移行する時期でもありましたからね。

そんなSQのA340ですが、2回搭乗しています。
1回目がこの撮影した9V-SJJでシンガポールからクリストチャーチ間でこの時は、CYの2クラス運航でしたが、FCYの3クラスキャビンでしたので、FがCに割当られていて、Fクラスに乗れました。
その次が2002年5月にソウルからサンフランシスコまで9V-SJNのCに乗っています。
共にDL/SQ/SRのRTWを使っての搭乗です。2002年はSRが破産前に購入したRTW航空券でしたがSQはSRプレートの航空券引受を引き受けて呉れたのでリルートしてSQで飛びました。
FlightLogを見ると乗ったのはその時が最後で、それ以来はSQには縁がないですね~

懐かしシリーズ”サイパンへはANAのL-1011で”

ANAが悲願の国際線に進出したのが1986年の成田/グアム線でした。今でこそANAの国際線は当たり前ですが、1990年代はまだまだ路線数も少なく、海外での知名度は殆ど無くかなりインバウンド需要の営業はかなり苦しかったようです。
でも就航出来る場所には積極的に就航しており、リゾート路線のサイパンにもANAが就航していた時期がありました。

L-1011 サイパン空港

オープンスポットから搭乗しました。


サイパンへは、コンチネンタル・ミクロネシア航空(エアーマイク)がDC-10やB727で、JALがB747-200やDC-10でリゾート客を運んでいたところにANAがL-1011で(確か週3か5便)就航しました。

この写真は1990年9月9日にNH918便で帰路につく時に撮影しました。

当時のサイパンはまだまだ開発途上で供給座席数が増えたもののインフラが追いつかない状態でしたね。
停電も結構頻発してましたし、真水供給も完全では無かったし。

今では想像もつかないほど、リゾート地と言うよりローカルな島でした。

懐かしシリーズ”アエロフロートのB737”

SU/AFL/アエロフロート B737-400 VP-BAO

SU/AFL/アエロフロート B737-400 VP-BAO

チューリッヒで撮影したアエロフロートのB737です。
アエロフロートが欧州域内線に投入している機材更新で導入したB737-400ですが、レジから見ての通りリース機材でした。
この後A320などエアバス機を導入したので活躍したのは5年位でした。

このカラーリングはアエロフロートらしいですね。

懐かしシリーズ”SwissairのA310-200”

SR/SWR/スイス航空 A310-200 HB-IPA

SR/SWR/スイス航空 A310-200 HB-IPA

スイス航空はA310シリーズの-200と-300を保有していました。
A310-200はチューリッヒ・ジュネーブからロンドンやパリ、フランクフルトなどの欧州幹線に使用していていました。
まあ、今思えば少しオーバーキャパだった様な気もします。

欧州のビジネスクラスはエコノミークラスのシートがそのまま使うのが支流でしたが、SRのA310は専用シートを使っていましたのでちょっと得した気分?になれたものです。

A310-300は主に中東やアフリカ、アメリカ東海岸路線に使われていてFCYとCYの2タイプがありました。

ちなみにA310にはSRとSQでしか乗ったことが無いのですが、よく考えるとA310ってあまり日本路線には使われて無かったですね。

懐かしシリーズ”キャセイのB747-200”

CX/CPA/キャセイパシフィック B747-200 B-HIB

香港啓徳空港の駐車場から撮影した返還特別塗装機のB747-200です。
何回かキャセイのB747には搭乗した記憶がありますが、一番記憶にはっきりしているのが、BKKからBOMまでCX751便に搭乗した時です。当時はB747-200でBKK経由でした。

その時は始めてRTWを使う為に、夜勤明けでNRTからTGでBKKまで行き、BKKからBOMまでCXでBOMまで行く行程でした。
まだインドなんて未開の地と言うイメージでなんか緊張していました。だからか以遠権路線でも日本人客室乗務員が搭乗しているCXは偉いなぁと思ったり。
だからかあの時の記憶が結構残っていますね。

でもBOMはトランジットで数時間の滞在でSRのB747-300に乗り継ぎしました。

懐かしシリーズ”B747リゾッチャ”

シドニー空港を出発するリゾッチャ塗装のJA8141


JALがハワイ、オーストラリア、グアム、サイパンなどのリゾート路線を”Super Resort Express”としてB747やDC10の塗装や内装をリゾート風にして、旅の気分を高めようと言う戦略を進めていました。

まあ裏を返せばリゾート路線はエコノミークラスが多いコンフィグ機材を充てており、そういうコンフィグになる機材は比較的古い機体が多かったので、厚化粧と揶揄されることもありましたね。

リゾッチャはTVCMなどでも大々的に宣伝したのでツアー客には結構浸透していました。
ただ、ビジネス需要もそこそこあったシドニー線では、リゾッチャ仕様の747はビジネス客から不評だったとか。

リゾート路線はツアー客主体になるので儲からないと言われており、JALのリゾート路線も縮小傾向でしたが、最近は少しづつ手を入れて始めていますから、またリゾッチャみたいな専用機材が出来るかも知れませんね。

懐かしシリーズ”CSAのTu134”

Ceskoslovenske Aerolinie (CSA) OK-EFJ

1994年の9月にZRHで撮影したCSA、チェコスロバキア航空のTu134です。まだこの頃は欧州内でもロシア製の航空機が見られましたね。

この後、騒音防止やら技術上の問題やらで欧州へ乗り入れが出来る機体が減っていき、今では当のロシアでも殆ど見られる事が無くなりました。
あ、まだ北朝鮮の高麗航空では現役バリバリでメンテナンスも行われています。でも北朝鮮への石油輸出禁止により飛行出来ないのが現状の様です。

CSAはチェコとスロバキアと別れ、チェコ航空になり今ではエアバスがメインになりさらに大韓航空が大株主になるなと当時とは様子がかなり変わっています。